最近のバージョンアップを比較してみよう

さて、今回のテーマですが、KiCadをずっと使ってきたユーザーからよく聞く話題

「Ver.8シリーズって、なんだか使い難くない?」

という話題についてお話してみたいと思います。

使用歴が長い人ほど最近の仕様には違和感を感じるかも

実はこの話題、筆者もバージョン8と使っていくほどに「?」と感じることが増えて来た感じがしていました。

「最近EDAで基板設計を始めました」

「使用するKiCadはバージョン8が始めてです」

という場合には特に気にしなくて大丈夫だと思います。記事も比較ではなく純粋に気を付けましょう、という内容になると思います。

今回は大きく3つの部分の変化についてご紹介します。

エディターのサブメニューは結構変化している

一つ目は、各エディターで頻繁に使用する、右クリックで表示できるサブメニューの変化についてです。

比較用にバージョン6、7、8のサブメニューを並べてみます。

まずは回路図エディターに抵抗のシンボルを配置して、サブメニューを表示した状態を見てみます。

このサブメニューでは、旧バージョンではおそらく最も多くの人が使用したであろう「シンボルの回転」「反転」メニューが右クリックで開いた直後に表示されます。

このメニューがバージョン8では「選択対象を変形」メニューでまとめられています。

おそらく「サブメニューをもっと見やすくできないかな?」と考えたUIデザイナーかプログラマが提案したのだろうと予想しています。

はっきり言ってしまえば、これについては「KiCadを使って継続して基板設計している人が改良作業に関わっていない」のだろうと予測しています。

回路図を描く作業ではシンボルを編集しようとサブメニューを開くわけですが、旧バージョンでは直感的にワンステップで操作できるのに対し、現バージョンでは

「視覚的に認識できない文字だけのサブメニューを選択し」

「開かれるメニューから実行したいアクションを選択する操作」

が必要となり、目的の編集に対して操作する手順が、旧バージョンから比較して確実に1ステップずつ、極端に言えば操作量が倍に増えています

同じ部品量のプリント基板を設計する場合、操作手順が増えるというのはそのまま作業を終える迄の時間が延びることを意味しています。

趣味や個人規模の設計作業であれば大きな問題にはなりませんが、副業やフリーランスとして設計作業を行っていた場合、作業量の増加は一定の期間で完成する回路数が減少する、つまりは売上げて獲得する収入の減少と同じ意味になります。

EDAに限らずCADで設計作業を行う上では、この「操作量が増える」ということについて、公式のプロジェクトチームはもっと真剣に問題視した方がいいと思います。

プリント基板エディターの方は、今のところ操作感に影響するような変化は見られません。

このサブメニューの構成については、筆者の個人的な感想としてはバージョン7シリーズのメニューがここ数年のバージョンアップの中では一番使いやすいと感じています。

ベテランKiCadユーザーの皆さんが使いやすいバージョンはどれでしょう?

ライブラリの更新は要注意!かも?!

次に気になった点が「ライブラリの変化」です。

回路図エディター用のシンボルライブラリは、平均2万点前後の点数を維持しながら、標準データの点数は徐々に増えて行っています。

また、バージョンアップに伴い1つのシンボルに追加されている情報が増えているのは確かに便利で良いのですが、最新バージョンでは変更の必要が無い電子部品なのにわざわざ図まで書き直されているシンボルというものが散見されます。

図は代表的なNPNトランジスタのシンボルです。バージョン7の段階で、一般的な回路図記号の形状にまとまりました。

このトランジスタのケースは分かりやすくなった良い例なのですが、バージョンアップに伴い追加された半導体ICや特殊部品のシンボル等では、メーカーが配布しているデータシートの記述を無視した図が登録され、逆に使いにくいシンボルだけが標準化されたという状態も起きています。

これらのシンボルについては、これまでの記事でご紹介したようにシンボルエディターを活用して「使い難いシンボルは自分で作って登録しよう」という選択肢があります。

これによってそれほど致命的な問題になることは少ないですが、回路図を描画している最中に「このシンボルは使いたいものと違う」という事態に遭遇、それからエディターを起動してシンボルを作るという手戻り作業はやはり、サブメニューの変化と同様に作業効率低下につながるのは避けられないマイナスポイントでしょう。

要注意につき調査続行中!プリント基板エディターの初期設定

そして三つ目に気になったのが、

「プリント基板エディターの微調整が適切に行われていないのではないか?」

という点です。

特に最近、貫通ビアの初期設定が変化したことによって、プリント基板の製造にトラブルが生じるというケースがありましたので、こちらを今回は代表的な例として紹介したいと思います。

貫通ビアはプリント基板の導体層間の配線を接続するために使用します。最新バージョンではビアにもティアドロップが設定でき、断線不良対策が容易に行えるようになりました。

プロパティを確認すると、バージョン7までは

「ビア直径:0.8mm」

「ビア穴:0.4mm」

が標準設定になっており、この設定であれば特に問題なく国内外どこのメーカーでもプリント基板の製造ができていました。

これに対して現在のバージョン8の標準設定では

「ビア直径:0.6mm」

「ビア穴:0.4mm」

となっています。この設定ではビアと導体層の接触部の余白(画面で白丸の部分)が狭くなりすぎて断線などの回路不良を誘発します。海外の製造サービスの多くはそのまま加工を実行してしまいますが、国内の製造企業では製造工程に入る前のデータチェックの段階で、この設定では品質が保証できない旨の連絡が来ることがあります。

この設定では導体層間の導通不良や完成後の導体部の劣化等で故障の原因となるのは避けられないと考えます。

特に問題が無ければビアのプロパティの項目を編集して、旧バージョンと同じ「ビア直径:0.8mm」「ビア穴:0.4mm」に変更するか「ビア直径:0.6mm(以上)」「ビア穴:0.3mm」に変更することをお勧めします。

国内製造サービスを行っている企業何社かに確認したところ、やはり初期設定では品質を保証できないという回答と、ビア直径を大きくする/ビア穴を小さくするのいずれかをしてもらえば大丈夫だろうという回答を頂いています。

このビアの値についてははっきり言って設定ミスだと思っています。公式コミュニティのやり取りでこの点について言及している点が無いか探してみましたが、これと言って話題に挙がっている部分を見つけられませんでした。

高機能化を進めて行くうえで仕方がないとは思いますが・・・

これらの変更点に感じることは、やはり開発チームがプログラマー主体に移行しつつあって、実際のプリント基板を設計開発するエンジニアの意見は重視されていないのではないか?ということにつきます。

「CERNが協力しているのだからエンジニアの監修は充分入っているのでは?」

という疑問ももちろんありますが、KiCadは有志のコミュニティが中心になったフリーウェアの開発プロジェクトです。

協力組織やスポンサー企業からの意見はもちろん多数寄せられていると思います。多機能な統合環境の提供により、間違いなく多くのユーザーに電子回路の設計開発を可能にした素晴らしいツールであることもまた事実だと思います。

ですが、ツールを使用する人=回路基板エンジニアの皆さんの意見が最も重要視されるべきという点について、最新バージョンを使えば使うほど、少々ユーザーが軽視され気味になってはいないか?という印象を感じずにはいられないのが現状です。

公式の開発チームには、是非コミュニティをもっと重視して「使用する人が使いやすい改良」を見失わずにより良いEDA開発をして頂けることを願いたいと思います。

2件のコメント

KiCadを使い倒している人の大半はショートカットキー(ホットキー)でそれぞれの機能の実行を行っていて,メニューには頼っていません。 KiCad6 まではバージョンアップの都度UIが大胆に変更されメニューが変わるのは当たり前でメニューに頼ると再習熟に手間取ることから新規にKiCadを学ぶ人に「はKiCadはショートカットで使え」と先達は伝授していました。実際に国内唯一と言われるKosakaLabのKiCad実習本にはショートカットでKiCadに習熟するように書かれています。
KiCadの達人さんのblogは専門的内容で他とは一線を画しKiCadを使う人に重要な指針を与えていると思います。今回の記事は「バージョンアップでメニュー項目が変わって困る」という視点ではなく「バージョンアップでメニュー項目は変わるのでショートカットを使ってKiCadを運用しよう」との視点で記事をまとめられた方が読者への有益な指針となると考えますが如何でしょう?

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ABOUT US
KiCadの達人
KiCad歴15年程度。雑誌記事や教育用テキストの執筆経験等複数あり。私大電気電子工学科での指導とフリーランスエンジニアを兼業しながらFab施設の機器インストラクターや企業セミナー講師を歴任し、KiCadの普及と現代の働き方に対応した技術者育成に務める。