EDAツール比較:CADLUS Xの場合

本ブログでは、これまでKiCADの使い方やさまざまな情報を提供してきましたが、

KiCADの使い勝手は、ほかの回路・基板CADと比べてどうなの?」

という疑問を持つ方もいらっしゃることでしょう。

そこで、今回の記事では、国内で無償利用が可能な基板CAD「CADLUS X」についてご紹介しながら、KiCADとの差を比較していきます。

無償利用バージョンもある「CADLUS」シリーズ

CADLUSシリーズは(株)ニソールが開発、販売を行うプリント基板設計ソフトウェアです。

(株)ニソールでは、CADLUSシリーズの開発・サポートのみならず、電子回路の設計製造や「高校生ものづくりコンテスト(電子回路組立部門)」に使用する課題セットの開発を行うなど、長年にわたって電子機器開発技術者育成に貢献しています。

製品ラインナップとして、電子回路設計用の「CADLUS Schematic」、基板設計用の「CADLUS One」が用意されており、基板設計時の層数上限が8層までに制限された無償版の「CADLUS PCB」の開発、提供が行われています。

なお、基本的には有償ソフトウェアとして開発されているCADLUSシリーズ。

その中でも、電子回路製作を趣味や副業にする人の多くの人が「CADLUS」と聞いてイメージするものは、P板.com用にチューニングされ提供されている「CADLUS X」シリーズでしょう。

機能制限された無償版「CADLUS PCB」をベースに、P板.comへの発注がより簡単に行えるよう調整された基板設計ソフトウェア「CADLUS X」と、回路設計ソフトウェア「CADLUS Circuit」、Gerber確認が可能な「CADLUS Viewer」の3つのソフトウェアをダウンロードすることができます。

回路図エディタ「CADLUS Circuit」

回路図エディタ「Circuit」の画面は、シンプルでわかりやすいデザインです。

個人的にはアイコンのデザインが少しレトロな気もしますが、機能面には影響しませんのでここは好みの問題でしょう。

作図手順としては、PDFなどで丁寧なチュートリアルも用意されていますので、特に戸惑うことなく進めることができます。

ただし、この時点での注意点として、「ライブラリのパーツ点数が少ない」という点を挙げておきます。

「CADLUS Circuit」のライブラリには、基本的な回路シンボルが用意されています(2022年時点の公式発表では428点)。
一方、昨今の半導体素子を駆使するデジタル回路および、電気特性を考慮した部品選定を行いながら設計を進めるアナログ回路にいたっても、本格的な回路設計を行う場合、この部品点数だけではまったく足りません。

「CADLUS Circuit」でさまざまな回路を設計すると、読み込んだシンボルのラベルやピン配置をさらに編集し、ライブラリに未登録の部品を図示する手法が頻繁に行われるようになります。
しかし、ここで電子部品の知識不足や情報の確認が不十分なままシンボルの改変を行った結果、後の基板トラブルの原因になるという事例が多発しています。

ただし、これはCADLUSの問題というより、無償版を使用するうえで存在する制約に対して適切に対応できていない利用者側の問題だという見方もできます。

KiCADの最新バージョンでは、回路図エディタに読み込まれるシンボルの数は10,000点を超える情報があらかじめ用意されています。さらには、世界中で作成されるシンボルライブラリを手動で追加することも可能です。

万が一ライブラリに存在しないシンボルを使用する必要が生じた場合にも、シンボルエディタを利用して新たなデータを適時追加、編集することができ、最新の半導体部品や試作モジュールを用いた設計にも柔軟に対応することができます。

また、マウス操作から誘導できるサブメニューの数や、複数ページにわたる設計が必要になった場合の階層化の管理などの観点においても、KiCADの方がより少ない手順で目的の操作を終えることができます。

ただし、「手順が少ない=優れている」と言いきることはできません。
熟練者の操作においては、CADLUSであっても充分テンポよく作図を進めることができる仕様であるという点はお伝えしておきます。

前述の点を踏まえると、無償版に限定する限り、回路図エディタの比較において、KiCADは「万人がいつでも使える」CADLUSは「熟練者が長く使える」ソフトウェアといえるでしょう。

基板エディタ「CADLUS X」

続いて、基板エディタとなる「CADLUS X」とKiCADのプリント基板エディタを比較してみましょう。

CADLUSのライブラリは、不具合や新製品登場に対応して都度更新されたバージョンファイルが発表されています。CADLUS Xのインストール時には、必ずライブラリの追加&更新行うようご注意ください。

ライブラリの追加さえ忘れなければ、CADLUS、KiCADのいずれも10,000点を超える豊富なフットプリント情報を利用して基板のレイアウト設計を行うことができます。

なお、基板設計の際、CADLUS Xは最大8層までという制約があります。KiCADの場合は標準仕様で最大32層までとなっており、高度な多層基板を設計する目的のみで比較した場合には、KiCADの圧勝と捉えることもできます。

ただし、「高度な多層基板を設計するようなエンジニアが無償CADで悩むのか?」という点は疑問が残ります。

通常は8層を超える多層基板というものは滅多に作りません。さらにはKiCADのサポート機関でもある「CERN」のような用途に特化した使用目的でもない限り、最大8層の制約は大きな問題にはならないと考えられます。

ネットリストの使い勝手では「CADLUS」の方が優れている?

CADLUS、KiCADいずれも、回路図エディタから生成された配線の接続情報=ネットリストを利用して基板レイアウトを設計します。

KiCAD最新バージョンでは、専用フォーマットファイルの使用を前提としたことで、プロジェクト単位でスムーズなファイル連動が可能になっています。
ただし、その代わりに、外部ソフトウェアのネットリストや旧バージョンからのデータ読み込みなどについては、まるでイレギュラーな処理をしているかにすら思える手間が発生するというデメリットがあります。

これに対し、CADLUSシリーズは有償版、無償版どちらでも回路図エディタ、基板エディタが「独立したソフトウェア」です。
これにより、現在でもネットリスト=中間ファイルの生成と読み込みが各工程において必ず発生します。この点が良い方向に働き、現在においても旧バージョンのネットリストを読み込んで再利用する、無償版で設計したデータを有償版に取り入れる、といったデータの行き来をとても簡単に行うことができます。

「工程ごとのプログラム間を中間データが行き来する」点においては、初期のEDAから普通に行われていることであり、あえて統合環境にしなかったCADLUS Xの方がデータ利用の汎用性においてはむしろ優れている印象すら抱きます。

この点を「車」の種類で比較すると、KiCADが「誰でも簡単に乗車できる最先端のAT車」に対し、CADLUS Xは「技術次第でどこでも走れる頑丈なMT車」というイメージを持っています。

P板.com特化の「CADLUS X」、プラグイン対応の「KiCAD」

最後の比較は、「基板外注への出しやすさ」についてです。

記事冒頭でも触れましたが、「CADLUS X」はP板.com向けにチューニングされたCADLUS PCBの専用バージョンです。

通常基板CADで設計されたデータをもとに業者に外注する場合には、Gerberなどの製造データ生成が必要です。

基板製造の発注をP板.comに行う場合、CADLUS Xで設計されたデータであれば、ファイルをそのまま送信し基板製造を行うことが可能です。アシストツールからの簡単な操作で送付データを生成することができ、微細な問題や設定の変更が必要な箇所などのチェックもフットワーク軽く進めることができます。

もちろん、通常のGerberデータ生成もできるため、P板.com以外にはオーダーできないといったケースもありません。
これに対し、KiCADは特定の製造業者向けにチューニングされてはいないため、通常の製造ファイル生成から発注する手順となります。

業者の方で調整してほしい項目が発生した場合であっても、連絡を受けてからCADで修整、再度製造ファイルを生成して送付という手順が発生します。

ただし、KiCADの機能としてPythonによるプラグインを作成、追加ができる点を利用し、世界中の製造業者が各社に対応した直接発注用プラグインを開発、KiCADに提供しています。

海外の製造業者に発注する場合、その業者からKiCAD用プラグインが提供されている際には、CADLUS XとP板.comの関係のように、設計データから手軽に基板製造を発注することができるようになります。

電子回路設計/基板設計をこれから始める人の「KiCAD」、これまでもやってきた人の「CADLUS」

これまでご紹介してきた比較点をまとめると、

  • 「回路図エディタのシンボル点数の差」
  • 「フットプリントなどの追加、編集の可否」
  • 「ネットリストなど中間ファイルの扱いやすさ」
  • 「製造業者とのデータ連携などサポートの有無」

など、現時点では作図用のライブラリの豊富さの観点でKiCADに使いやすさを感じることもありますが、どちらが優れているor劣っているというほどの決定的な差はなさそうです。

特に「電子回路設計、プリント基板設計の経験がある」人にとっては無償版CADLUSでも操作に不便は感じないだろうと思います。
たとえば、「P板.com」で試作品の発注、製品化実現後のEMS生産まで一括して依頼するような場合に限定すれば、「CADLUS X」を使って基板設計するメリットは充分にあるかと思います。

なお、今後のCADLUSシリーズにおいては、回路図エディタのシンボルデータの拡充を期待したいと思います。

また、国内基板製造業者の皆さんにおいては、ぜひKiCAD対応のプラグインを開発し、試作、小規模製造のマーケットを国外にも広げて事業の成長に活用されることをオススメしたいと思います。

ABOUT KiCAD MASTER

KiCADの達人
KiCAD歴15年程度。雑誌記事や教育用テキストの執筆経験等複数あり。私大電気電子工学科での指導とフリーランスエンジニアを兼業しながらFab施設の機器インストラクターや企業セミナー講師を歴任し、KiCADの普及と現代の働き方に対応した技術者育成に務める。