プリント基板開発ツール「KiCAD」とは?

はじめに

今回から回路設計・製作に必要となる、PCB-CADに関する話題を中心にした記事を投稿させて頂く事になりました。
まず初回は、簡単な制御と回路基板の歴史を振り返りつつ今後の記事で主に解説する「Ki-CAD」の概要をご説明したいと思います。

現代制御に不可欠な電子回路

時代はDX(Digital Transformation)だと声高に唄われている最近ですが、どれほど高度な構想を描く事が出来ても、実際にそれをプログラミングするコンピュータ等の電子機器、果てはそれを動かす電力を作り出し送電する施設に至るまで全てが電子制御で機能しています。もし現代社会において電子制御を実行する回路が存在しなかったら?身の回りにある電池やコンセントに挿して機能する便利な機器のすべてが存在しない世の中を想像してみるのは容易な事ではないでしょう

歯車や一定量の容器などを使用した古典制御を経たのち現代制御の基本となる電子計算を可能にする為には、第二次世界大戦後に急発達した電子計算機=コンピュータの発展が不可欠でした。
極めて初期のコンピュータは手作業で計算に必要な配線を接続しては結果を算出、また別の計算をする為に配線を変更して、と言う作業の繰り返しでしたが、スイッチ式から電子式、配線の組み換えを電気信号として記録するプログラム方式の誕生等の技術革新を経て、現在の形に近い「製品としての電子機器」の形が出来上がりました。

ペンシルバニア大学に保管・展示されている世界初の”コンピュータ”「ENIAC」の一部  引用:Wikipedia

電子回路基板の始まり

電子回路基板の始まりは、1940年代に「片面回路基板」が登場したのが最初だと言われています。電気的に通電しない固い板にスイッチや電子部品を固定し、部品間を配線で接続していく構造をしており、ちょうど初めて電子回路を自作する人が挑戦する、裏面が配線でびっしりと埋まった自作回路と同じ様なものでした。
ちょうど住宅を建築する時に部屋中の照明やコンセントに一本一本電線をつないでいく電気工事士の様に、部品だけが固定された板の上を、エンジニアが設計した回路図面と見比べながら一本一本電線をつないで制御回路を完成させていた初期の段階から、金属のワイヤーや薄い金属箔を貼るなどして配線が先に出来上がっている状態の配線板を製作し、そこに部品を後から固定していく方式が生み出されて大幅な生産性の改善に成功し、製品としての供給力と品質が大きく向上しました。

片面銅箔板の表面を加工して、電子回路の配線を構築した例


先に回路配線が出来上がっていて、後から部品を取り付けていくこの段階はちょうど市販の電子工作キットの構成と同じ様なものです。日本では高度経済成長の時代に生産された家電製品などの多くに、この方式で清算された電子回路が沢山投入されました。
これは余談ですが、この頃は自宅で内職仕事として業者から支給された配線板に電子部品を半田付けする仕事をしている主婦や学生さんをよく見かけました。


これらの歴史の後も、コンピュータを活用した電子回路図から配線板を設計する作業の効率化、高性能化が進み、更に製造装置もコンピュータの応用で自動生産が可能になったことで部品を実装した回路基板までの短期間での大量生産が現代では可能になっています。

この様に、電子回路の発展が無ければ実現できなかった高度なコンピュータの技術が、更に高度な電子回路の開発、製品化を次々と可能にしていったのです。

Computer Aided Design 「CAD」の活用と発展

高度なコンピュータを利用した設計技術の代表的なツールとして「CAD」が挙げられます。
CADとは「Computer Aided Design(コンピュータによるデザイン=設計支援)」の略で、歴史においては航空機や船舶、巨大な建造物に至るまで1枚1枚手描きで描画されていた様々な設計図の作図、複製、検査の効率を劇的に向上させる事に繋がりました。

画像:武藤工業株式会社「LAJ-1000」

「ドラフター」と呼ばれている製図台は、今も建築やデザインの分野等で現役で活躍しています。


また、コンピュータの画面の中ではモノの大きさを問わずに設計する事も可能になります。これによって電子制御の要になる集積回路の高密度化が可能になりました。
製作できる電子制御基板の高性能化が加速する要因としても非常に重要なソフトウェア、それがCADなのです。
もちろんCADは電子回路設計だけではなく、機械設計、建築、服飾とあらゆるモノ作りに対応したソフトウェアが存在し、その計算と製作を支える為にも電子回路は必要不可欠なものになって行きました。

この様に技術を持つエンジニアが、その知識や技術を実現する為の道具として普及したCADでしたが、当初は業務用ツールと言う事もあり非常に高価なソフトウェアとして流通していて、小規模の企業や個人、学校などが利用する為には財政的に負担の大きい物でした。
これがプログラムの改良による軽負荷小容量での実行が可能なソフトウェアになり、経済スタイルの変化によって無償利用が可能なフリーウェアの形をとって配布される様になっていったのはそれほど昔の話ではありませんが、ここ数年ではいわゆるフリーCADと呼ばれるソフトウェアが新しいモノ造りを支えるスタートアップやクリエイター達の大きな力になって行っているのは間違いないと思います。
その中で、世界中のユーザーによって利用されているフリーウェアの回路・基板設計CADの一つが「KiCAD」になります。

「KiCAD」概要

KiCADとは、オープン・ソースでソフトウェアの開発が行われているPCB開発用CADです。クロス・プラットフォームで動作し、日本国内でコンピュータOSの大多数を占めるWindows、Linux、MacOS上で動作するバイナリファイルが公開されています。
世界中に沢山のコミュニティサイトが存在し、バージョンアップへの対応やユーザーのFAQへの情報が日々更新され集積されている、今も改良が続いているソフトウェアです。
最新のバージョンではPythonスクリプトによる機能追加にも対応しており、高機能なCAD製品に搭載されている機能を自分の手で追加する事もできる様になっています。

電子制御基板はその作業工程によって正式な呼び方が異なります。
板材の表面に、回路図で定められた接続情報を再現した配線だけが作り込まれている状態の板の事を「プリント配線板:PWB(Printed Wiring Board)」と呼びます。これに対して部品の実装を終えて、外部からの電源や信号入力によって動作する状態にまで組立が完了している状態の基板の事を「プリント回路板:PCB(Printed Circuit Board)」と呼びます。

CAD上でCG表示されたUSBハブ回路PWBの例
部品が実装された電源回路PCBの例

電子制御回路を開発する為には、まず制御回路の構想を決める「回路図」、次にその回路の接続された配線を板の上に構築する「配線板設計」、最後に部品を配置して制御回路版を組み立てる為の「実装設計」といった段階が必要になります。
KiCADでは、これらの工程に対応した複数のプログラムをひとまとめにしたソフトウェアとして提供されており、回路図の描画から実際に設計した配線板、回路基板を製作する為に必要になるデータのセットを作成する事が可能になっています。

ソフトウェアの特徴として大きなものは以下の様な点が挙げられます。

  1.  基板設計サイズの制約無し
  2.  導体レイヤ:最大32層、テクニカルレイヤ:最大14層まで設計可能
  3.  商用利用OK(追加コストの支払義務無し 但し開発チームへの寄付推奨)
  4.  Github等の利用で回路図シンボル、実装用フットプリントは随時更新

機械設計用の3D-CADや他の回路CAD等でも同様に高機能で無償利用可能なソフトウェアが配布されていたりしますが、商用利用時は有償版を使う事が利用規約で定められていたり、設計できる規模の上限が低く定められていたりする等の制約があるものが多いです。
この点では、無償でフルに機能が利用でき、コンピュータに求められる処理能力の負担も高くないKiCADの利用は、在宅勤務やスタートアップといった作業用のコンピュータ環境に高額で大規模な機器が使用できない人にお勧めできるものだと思います。

次回以降、KiCADの詳細と回路開発の流れ、実際のインストールから事前の準備作業などを順番にご紹介してから、事例を上げながらソフトウェアの使い方を解説していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

ABOUT KiCAD MASTER

KiCADの達人
KiCAD歴15年程度。雑誌記事や教育用テキストの執筆経験等複数あり。私大電気電子工学科での指導とフリーランスエンジニアを兼業しながらFab施設の機器インストラクターや企業セミナー講師を歴任し、KiCADの普及と現代の働き方に対応した技術者育成に務める。

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