今回の記事では、バージョンナンバーが6から7へ切り替わったKiCadの今後について、著者が思うことをお伝えしていきたいと思います。
「KiCad Ver.7.0.0」リリース
先にお伝えしておくと、この記事が掲載されている時点では、「Ver.7.0.0」がリリースされており、使用感などが大きく変わっているかもしれません。
しかし、執筆時点では「Ver.6.0.11」までを使用した所感をまとめていることをご了承ください。
さらに、
基本的なスタンスとして、筆者はKiCadを肯定・支持しています。
「KiCad」は、世界でも唯一といえるであろう、商用利用も可能なフル機能無償EDAです。
電子回路の研究開発にも有効に働き、今ではMakerと呼ばれるホビースト達の趣味の創作をソーシャルムーブメントの原動力に成長するまで支えた開発ツール群の一角を担っているとも考えています。
趣味から再就職まで、さまざまな場面に貢献したKiCad
昨今、「スキルアップ」「リスキリング」という言葉を耳にする機会が増えました。
世界情勢の急激な変化は、働く人たちの環境にも大きな影響を与えました。多くの人が工場の閉鎖や人員削減で収入を減らし、働く現場を失いました。
そんな中においても、電子基板の製造工場等で働くいわゆる「ライン工」と呼ばれる職種が長かった人を対象として、既得技術を活かしつつワンステップ上の職種に就くスキル習得を目指すセミナーがあちこちで開催されました。
筆者も微力ながら協力させていただき、EDA業務能力獲得のためのツールとしてオフライン使用が可能になったKiCad Ver.5シリーズは、とても効果的に活用できたと考えています。
オンラインアプリからどこでも使えるEDAに成熟したVer.5
KiCadは、その誕生からVer.4シリーズまでは、オンライン接続での使用を基本として開発されてきました。
この点については、設計に必要な回路図シンボル、プリント基板のレイアウトに必要なフットプリントといった、データライブラリーの成熟が間に合っていなかったことに起因するところが大きいといえます。
その後、Ver.4.0.7リリースから1年後の2018年7月下旬にリリースされたVer.5.0.0では、ついに安定使用が可能なライブラリの生成が一定の完成を迎え、ネットワークに接続せずに使用できるパッケージ形式のソフトウェアとして生まれ変わり登場しました。
リリース直後には、環境の再構築などによるさまざまなハプニングもありましたが、その後も数か月から半年のサイクルで継続したバージョンアップが行われ、約3年間の改良が続けられたことにより、使いやすいEDAとして成熟していきました。
Ver.6は画面デザインも一新されたけれども・・・
そして、2021年12月にVer.6がリリースされ現在に至りますが、リリース直後に感じたのは改良による新鮮さではなく、「そっくりな別の何か」に対して感じる違和感の方が強かったことを今でも覚えています。
Ver.6シリーズのリリースから、現在に至るこの1年間を通して感じたことについて、あえて厳しく一言で表現するならば、「バグだらけの未完成品」という表現に尽きます。
先述の通り、これまでのバージョンが数か月~半年、1年の時間をかけて改良しバージョンアップを積み重ねてきたことに対し、画面レイアウトまで刷新されたVer.6シリーズでは、実質ほぼ毎月のペースで現在に至るまで「バージョンアップという名目のデバッグ作業」が続けられています。
リリース初期には、「リリース直前の評価バージョンが致命的なバグを持ったままサーバーからダウンロードできる状態になっていた」など、フリーウェアとして提供されているアプリケーションとしては、異例の速さで公式が当該バージョンの利用停止アナウンスとマイナーバージョンアップを行いました。
それにより、騒動は短期間で終息しましたが、その後もこれまでの国際的な活動から考えると明らかにお粗末な事態が続きました。
「待望の機能追加」が仇になることも
Ver.6で話題に上がった「多言語表記対応」についても、日本語表記をする場合WindowsのIMEが最新バージョンに対応していないことが早い段階から指摘されています。
OS側でIMEの設定を変更(旧バージョンのIMEに切り替える)しなければ、ソフトウェアフリーズから強制終了に陥るといった問題があり、最新バージョンに至るまでこの問題は解決されていません。
Ver.6シリーズの開発においては、日本語環境に限らず英語版以外の他言語環境の開発が後回しというよりも、他の致命的な問題への対応にリソースが割かれているため、OS側の更新が誘発するような問題への対応は放置されている可能性があります。
個人や企業の寄付、スポンサードによって成り立っているという制約
さて、ここで再度確認しておきたいことは、「KiCadは全世界からの寄付と企業スポンサーによって活動を支えられているEDA開発プロジェクト」であるという点です。
包み隠さずに感じたことを申し上げるならば、Ver.6シリーズは「開発途中の未完成品を、何らかの理由で無理やり公開した」のではないかと強く感じています。
最近では、スマホアプリなどがプログラミングの主流?となり、「後で更新すればいいので、多少のバグがあっても公開することに問題を感じていない」といった感覚のプログラマが増えているという話を聞いたことがあります。
無償ゲームや趣味のプログラムであればそれでもいいのかもしれません。しかし、エンジニアとしては、この感覚は言語道断な間違いであることはいうまでもありません。一方、自分たちに主導権がない環境下で、支援企業が定めたスケジュールで必ず公開しなければいけないという事態に陥っていたとしたら?
もしそのような場合であっても、毎月更新してバグが減らないどころか、更新後にバグが増えるという悪循環まで生んでいる状況であれば、一度更新を停止し数ヶ月の時間と人的資産を投入し、徹底的なバグ取りをしてから改めて再公開するべきです。
2023年は新バージョンで仕切り直しと発展を願う
今後のKiCadは、そして日本のユーザーはどうあるべきかについて、勝手な言い分を承知で少し考えてみたいと思います。
まずVer.6シリーズは、なるべく早期に公開と開発作業を終了するべきだと考えます。
次バージョンであるVer.7.0.0はどのようなチーム構成で開発されているのかはわかりませんが、少なくとも現在よりも安定した利用ができていた、Ver.5.1.12のソースと開発チームをベースにして再構成するべきです。
この1年間の短すぎる更新ペースを見る限り、KiCadの開発チームが「コンコルド・シンドローム」に陥っている可能性を感じるのは筆者だけではないと思います。
寄付募集プロジェクトと並行して発表された、企業スポンサーの資金提供に関するリリース内でも「Ver.8」というキーワードが登場していることからも、一度時間をかけて再開発するために、現行の開発プロジェクトを一度ストップする判断をしてもいいのではないでしょうか。
次に、日本における公式コミュニティの復活を目指してはいかがでしょうか?
もともとKiCad日本コミュニティは、公式(?)にユーザー交流会やセミナーの開催なども行う団体として存在していました。
しかし、残念ながらオフラインソフトウェアになったVer.5の提供が始まった2018年以降、目立った活動が行われておらず、事実上の機能停止状態になっている様子です。
KiCad公式の開発メンバーリストを拝見する限り、複数名の日本人プログラマが在籍しているのはほぼ確実だと思われます。
しかし、やはり公式コミュニティ経由で開発チームに意見や情報が届けられる環境が整っていない限り、日本語環境に対する更新の優先度が上がることは今後もおそらく期待できないでしょう。
企業のそれとはとても比較にならないとしても、利用者への一定のサポートやセミナー開催によるノウハウ伝搬など、ぜひ次バージョンからでも公式コミュニティの再開を目指してほしいと思います。
最後に、重ねてのお伝えとなりますが、
「KiCadは、全世界のユーザーからの寄付と企業スポンサーによって活動を支えられているEDA開発プロジェクト」
です。
プロジェクト維持のために必要な費用やリソースの大半は、スポンサード企業から提供されるものであることは容易に想像できます。
その結果として、開発スケジュールや方針に起業の意向が盛り込まれることも、ある程度はやむを得ないことであると思います。
しかし、直近の開発状況の迷走ぶりからは、支援企業への体裁や「プログラムを作成しているという事実」のためだけにソフトウェアを更新、公開しているという姿がどうしても透けて見えてきてしまいます。
これまで築いてきたKiCadの信頼を再構築し、さらに安定したものとするためにも、次バージョンでは、ぜひ山積した問題を一掃して「誰もが安定して使えるEDA」としてのKiCadの姿を取り戻してっごしいと心から願っています。
新バージョン登場後も、引き続きKiCadの使い方や事例の紹介を続けていきますので、ご愛読いただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。
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