KiCadの「強みと弱み」という観点で、本記事では「弱み」について著者の考えをご紹介していきます。
なお、「強み」についてはこちらの記事をご覧ください。
単独目的ではかえって使いづらい
前提として、KiCadとは、電子回路図とプリント基板の設計を行うためのソフトウェア・ツールセットです。
回路図の作図からプリント基板のレイアウト、製造用データの出力にいたるまで、プロジェクト単位で一括した設計・開発を行うことができます。
電子回路や関連図面を作図する目的に限定して使用する場合においては、回路図エディタのみを使用し、ほかの機能は使わない場合には特に問題ありません。
「画像の挿入」なども多用することで、回路図エディタを使用し簡単なケーブルアセンブリ用の図面を描くこともできます。
しかし、独自形状のユニバーサル基板や、「簡単な回路だから」と回路図を描かずに基板エディタで直接作図しようとした場合、KiCad本来のエディタ間連携機能をOFFにして使用するなどの手間が増えることで、かえって作業時間が増加する場合があります。
この辺りの「エディタの連携を解除して使う方法」については、改めて記事にしたいと考えています。
なお、「回路図だけ描きたい」「プリント基板だけ直接作図したい」といった目的のみの方には、別記事でご紹介した「CADLUS X」や通常の「2D-CAD」の方が作業効率も良い場合があります。
良くも悪くも「フリーウェア」である
「KiCad最大の特徴は、オープンソースのフリーウェアであることです。世界中のエンジニアがコミュニティを形成し、随時改良やバージョンアップが続けられています」
・・・というと聞こえはいいですが、一方で動作不良や各種バグに対するプログラマの責任感が薄く、必ずしもバージョンアップ=改良とはなりません。
新バージョンにより作業性が大きく低下するほか、ひどいケースでは設計作業が不可能になるほど動作が不安定になり、短期間でバージョンアップを繰り返すといった事態もありました。
オンライン接続前提のアプリケーションであった Ver.4 シリーズが提供開始されて依頼、オフラインで独立して使用できるようになった Ver.5 にアップグレードするまでは約2年9カ月。そこから順調にアップグレードが続けられ、 Ver.5 シリーズは使いやすく安定したツールへと変化していきました。
Ver.5 シリーズ提供開始から約3年4カ月を経た2021年末にリリースされたVer.6.0.0は、リリース直後からファイルクラッシュや編集バグなどが続出しました。以降、ほぼ毎月のペースでバージョンアップが行われ、2022年末のバージョンはVer.6.0.10にいたっています。
Ver.6 最大の問題として、「Ver.5 の過去資産をそのまま上位互換として利用できない」という点にあると考えています。
筆者自身も初期からKiCadを使い続けてきましたが、これまでの設計データや蓄積してきたライブラリなど、技術資産の多くが Ver.6 で正常に読みこめなくなる事態に遭遇しました。その結果、この1年間は蓄積してきた技術資産を利用するためのデータ復元作業に1ヶ月分以上の工数を費やしました。
「もしも」の想定は想像の範疇を超えないものの、筆者はKiCadを使い電子基板の設計開発業務も受託しているため、Ver.5 シリーズのまま作業していた場合、昨年は1ヶ月分多く仕事を受注できたかもしれないと想像してしまいます。
この事例からは、少々こじつけた話ではありますが、バージョンアップが大きなデメリットになったといえなくもないでしょう。
(2023年1月初旬の情報では、近日中に全面改修した「Ver.7」が提供されるという噂もあります)
もし、噂通り1月に新バージョンがリリースされ、Ver.5 以前のファイルも安定して使用できたとしたら、ほぼ1年で終了するVer.6シリーズは、「KiCadユーザーを減らしただけのアプリケーション」として記憶に残り得るかもしれません。
ソフトウェア開発チームはこの状況をどう考えているか
少し厳しいコメントをするのであれば、常識的な企業やしっかりした組織の管理下で開発されるソフトウェアとしては、決してあってはならない醜態がさらされたのが、2022年のKiCadを取り巻く状況だったとも言えるでしょう。
しかし、最近のスマホアプリやフリーウェアにおいては、特段珍しくない光景でもあるため(それはそれで近年のプログラマの環境はどうなのか?とは思いますが…)、このあたりは規模の大小を問わない「フリーウェアを使う上での注意事項」あるいはフリーウェアの弱みそのものであるといえるでしょう。
筆者個人の願望としては、「KiCad Ver.7は Ver.5 の開発チームで再構築してくれたらいいな」と淡い期待を抱いています。
「KiCadオフィシャルのサポート環境」は実質存在しない
上記のバグ乱立が騒動になったことでより明確化したこととして、KiCadの問題点に関するフィードバックは、起動後の「ランチャーアプリ経由の報告(GitLabへのユーザー登録が必須)」もしくは、公式サイトにあるコミュニティへの投稿のみでしか開発チームに伝えることができないのが現状です。
また、公式コミュニティは英語、スペイン語、中国語のフォーラムが用意されています。日本語での投稿はほとんど閲覧されないため、最低でも機械翻訳で英文にする必要があります。
さらに、コミュニティに投稿された記事を閲覧していると、特にここ数年は質問者自身が詳細に現象の分析まで実行した上で投稿しているバグや問題に対してのみ対応をしている傾向にあるように見受けられます。
実際に、日本語入力対応に伴い、Ver.6 にて発生した「日本語IMEを旧バージョンにしないとKiCadがクラッシュする」という現象については、日本語環境のプログラマが発見し、個人ブログなどで対策を発信した手法が広く知られています。
しかし、開発チーム側は原因を調査中とコメントしていながら、どうやら問題として認識していないようです。
開発者にとっては、「よくわからないけど壊れた!」を調べろと言われても何もできないため仕方がないとは思います。
一方、問題報告は発見者自身による分析が進んでいるのが前提にあり、操作や疑問点などの質問は「過去ログを見て」と返されます。親切な人が返信の投稿をしてくれた場合であっても、過去ログのリンク添付のみという対応が普通と捉えていた方がいいという状況です。
このコミュニティのやりとりは、有志や同好団体のためのSNSであれば何も問題ないやりとりでしょう。
しかし、これからKiCadを学ぼう、新バージョンで発覚した問題点をきちんと報告しようとする人にとって、さらに少なくとも日本ユーザーにとっては、現在のコミュニティはサポートの代替にはなり得ません。
ぜひ「KiCad日本コミュニティ」は再開してほしい
下記は問題というよりも、再開への願いを込めた項目です。
KiCadの Ver.3~Ver.4 に切り替わる時期の2014年には、「日本ユーザーコミュニティ」が開設されました。
そこでは、公式の日本ユーザーコミュニティとして、セミナーや懇親会を開催するなど積極的な展開が行われました。
TwitterをはじめとするSNSのアカウントも存在していますが、Ver.5 提供前後の2018年頃の更新を最後に、現在では発信されていない様子です。
日本ユーザーコミュニティ解説からまもなく10年。現在では、日本国内でも多数のユーザーがKiCadを使用し、電子回路基板の設計開発に挑戦するようになりました。
筆者も含め、ユーザーがKiCadについて発信し、ユーザー間のコミュニティや技術者セミナーにユーザーとして採用される機会も増えました。
これまでの日本コミュニティの内容の限り、おそらく学校教育関係者の方が立ち上げられたのではないかと推測しており、任期か諸事情で手放した状態になっているのではないかと勝手に想像しています。
動画発信やウェビナーといった手法においても、ユーザーコミュニティを盛り上げる方法が存在する現在、ユーザーとして日本ユーザーコミュニティの活動再開を願ってやみません。
公式チーム内でも Ver.6 は大問題になっているはず
前回の記事でもご紹介した通り、KiCadを使う事で得られるメリットももちろん存在します。
しかし、残念ながら、KiCadをめぐる昨年の1年間は、EDAとして致命的なバグや動作不良の問題の方が大きく目立ってしまいました。
新規ユーザーには二の足を踏ませ、継続ユーザーには別アプリへの移行を検討させるという頭を抱えたくなる悪循環が続きました。
それでも開発チームによる改良やバグ除去が継続された結果、2022年末に提供されたVer.6.0.10においては、標準的な操作範囲では目立った問題はほぼ解消のみならず、大幅に減少したのではないかとみています。
そして、最後に「KiCad」開発チームでは、世界中のスポンサード企業・団体の支援のもと、問題点を解決して更に使い易くなる改良を実施しています。今後も電子回路基板開発の統合環境を無償ソフトウェアとして提供し続けるため、常時寄付金やスポンサーの募集を受け付けています。
ご賛同やご支援をいただける方は、ぜひ一度公式サイトをご覧ください。
今後も筆者は継続してKiCadを使っていきます。操作のサポートやヒントになりそうな情報をはじめ、さまざまな発信をしていきますので、今後もご愛読いただけると嬉しいです。
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