計算機ツールを使う(前編)

今回はKiCadの「計算機ツール」について、前後編に分けてご紹介します。

古いバージョンでは「電子回路の設計に特化した関数電卓アプリ」といった印象が強かった計算機ツールですが、現在のバージョンでは目的別の計算ツールの集合体のような構成になっています。

知名度はいまひとつ?の計算機ツール

KiCadの管理画面下側にある「計算機ツール」のアイコンをクリックします。

起動したツールは大きく4種の構成に分かれていて

「システム設計全般」

「電源、電流と絶縁」

「高周波」

「メモ」

それぞれの項目ごとにサブメニューが存在します。

抵抗計算がメインの「システム設計全般」

最初の「システム設計全般」についてですが、現時点ではレギュレーターの各種計算と合成抵抗の算出の2項目だけです。

レギュレーターの項目では、出力電圧の調整が行える品種の抵抗値等を計算できるようになっています。計算モデルは標準タイプと三端子タイプの2種類から選択可能です。

右上の四角で囲まれている「レギュレーター」の項目では、あらかじめデータを登録しておいたレギュレーターのファイルを呼び出したり、新たに登録できますが、特にファイルを読み込まなくても計算自体は可能です。

右下の各項目の欄は、計算で求めたい項目の丸印にチェックを入れ、それ以外の項目に数値を入力してから「計算」ボタンを押すことで必要な値を求められます。

「抵抗計算機」の項目では、使用したい抵抗値を入力して、その値を構成する抵抗の組合せを算出できます。

この機能で気を付けたいのは、入力する抵抗の値が「kΩ(キロオーム)」であることと、その下段のE系列の選択を適切に行うことの2点になります。

「E系列」とは、電子部品の抵抗値が、誤差率に基づいて規格化された構成を示しています。

E系列とは主に抵抗器やコンデンサの性能を決める重要な要素です。抵抗器やコンデンサといった電子部品の公称値は無限に選択できる訳ではなく、実際には標準化された系列毎に定められた値の中から選択することになります。

「なぜE系列が必要?」

抵抗器の製造は少なからず製造工程による誤差があるため、すべての値を正確かつ精密に管理して生産するのは非効率的です。そのため、許容できる誤差を考慮して適切または妥当な値を選択できるよう、E系列による抵抗値の値が定められています。

KiCadの計算機ツールではE1、E3、E6、E12、E24の5種類から選択できますが、通常の電子回路では「E1」系列を使用することはまずないと思います。

JIS C 5063 において定められているのもE3以降で、E3の時点で許容誤差が±40%となるため、電子制御の回路に使用する場合はE6(許容誤差±20%)からE24(許容誤差±5%)の範囲で選択するようにしましょう。E系列には更に高精度のE48(許容誤差±2%)やE96(許容誤差±1%)等もあります。

ときどき「計算結果でこの値が出たのだから、誤差なんてあったら駄目だ!」と、大して必要でもない部位にもかかわらず結構本気で言ってくる回路設計者の方がいたりします(実話)が、当然高精度になればなるほど価格も高額になるので、回路設計においては用途に応じた適切な部品を選定するようにしましょう。

規格をド忘れしても大丈夫!「電源、電流と絶縁」

「電源、電流と絶縁」の項目では、回路に印加する電圧や環境温度などを基準とした、基板上の銅線やビアの仕様を計算して確認できるようにになっています。

「導体間隔」の項目では、IPC標準規格から「プリント基板設計に関する共有基準」としてIPC-2221と、国際電気標準会議で定められるIEC 60664の二つの基準から求めることが可能です。

PCBエディターの設定項目でも導体層の最小間隔や各種設定を行えますが、PCBエディターでは完全に任意の値を入力できるようになっているため、目的の電子回路に印加される電圧や信号の周波数によっては不適切な値を設定してしまう場合があります。計算機ツールの本項目は一度目を通し、適切な値を選択できるようになっておきましょう。

IPC2221のタブでは、多層基板の各導体層における導体間隔の最小値を確認することができます。こちらは一覧表の形式になっているので、目的の電圧ごとに示された値を基板設計のパラメータとして利用して下さい。

IEC 60664のタブでは、主に空間距離と沿面距離の計算が行えます。下段に表示されている注意事項を参考にしながら、使用環境を想定した値を用いて計算できます。

「ビアサイズ」「配線幅」「溶断電流」についても、想定される電流の値などから各寸法の値を計算できるようになっています。実際の設計においてはこの計算結果を下回らないようにPCBエディターの設定をすることが推奨されます。できれば計算機エディターの結果をPUCエディターの設定に反映できるボタンかなにかがあればさらに便利なのですが、現状は計算結果をメモに取るなどして手入力で反映させることになります。

また、溶断電流の計算については、回路内の銅線の一部に「配線ヒューズ」として活用する技法が現在でも使われていますが、過電流対策の基本はヒューズなどの保護部品で行うことをお勧めします。

意外と重要「ケーブルサイズ」

「ケーブルサイズ」の項目では、基板への接続に用いられるケーブルの仕様を確認または計算できます。ワイヤーの太さはコネクタや半田付けを行う部位のサイズや、筐体内で確保するクリアランスにも大きく関わってきます。電子基板はできているけど必要なケーブルが太すぎて配線できない、となってしまっては本末転倒です。

この項目では「ワイヤーのプロパティ」から標準サイズを選択すると、そのサイズで規定された各項目が表示されます。手順としては

1)右側の「アプリケーション」の項目で、ケーブルの温度と想定される電流の値、ケーブルの長さを入力する。

2)「ワイヤーのプロパティ」の標準サイズの項目から、候補のケーブルサイズを選択する。

3)選択したワイヤーの電流容量の値が想定電流を下回らないこと、電圧降下や消費電力の値は許容範囲であるか?などを確認して必要に応じてワイヤーの選定を変更していく

を繰り返して必要な電線のサイズを決定します。

選定結果によっては、電線が太すぎて設計した回路のコネクタに収まらない、ということが充分起こり得ます。トラブルが発生してからあたふたしないように、あらかじめ電線のサイズを確認しておきましょう。

電子回路、特にパワーエレクトロニクス系の大電流が流れる回路を設計していて、ちょっとでも疑問に思う所があったら、計算機ツールを是非活用してみて下さい。

後編では引き続き、計算機ツールの残りの項目について解説を進めていきたいと思います。

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KiCadの達人
KiCad歴15年程度。雑誌記事や教育用テキストの執筆経験等複数あり。私大電気電子工学科での指導とフリーランスエンジニアを兼業しながらFab施設の機器インストラクターや企業セミナー講師を歴任し、KiCadの普及と現代の働き方に対応した技術者育成に務める。