電子回路設計を仕事にするうえでの注意点

昨今のプリント基板の設計においては、安価もしくは無償のEDAによって実現できるようになったことで、電子機器の試作や設計において、副業や独立を目指す人も増えてきました。

自分自身でKiCADのツールを使用して回路図を描き、プリント基板の製造データを作成することができるようになると、「これを仕事にできるのでは?」と考えるようになるのはごく自然なことです。

そこで今回は、基板設計の前段階で必要になる「回路設計」を請負の仕事にするうえでの注意点などについてお話したいと思います。

多様性に富んだ電子回路設計の世界

前提として、プリント基板の製造工程は同じであっても、基板の上に構築される電子回路にはさまざまな分野に特化した技術や、特殊な部品に対応した設計ノウハウを持っていることが必要になります。

現代社会を構築するほぼすべての仕組みに電子機器は必要不可欠であり、すべての電子機器には制御基板が搭載されています。

電動モビリティに求められる高電圧・大電流をコントロールする電力制御回路の技術、映像・音楽機器の性能を左右するノイズ対策を存分に施したアナログ信号処理技術、現代の高速通信やAI画像処理に対応したFPGAや高周波デジタル回路の構築技術など、電子工学の分野はとてつもなく多くの分野に分類することができます。

はっきり言って、これらの分野すべてに対応できるエンジニアは存在しません。

専門性に特化しすぎたあるエンジニアの例

音響機器の回路設計に10年従事したエンジニアの転職エピソードです。

その方は製品化した回路をそれなりの数量設計した経験がありました。そのため、異なる分野の回路設計でも通用すると考え、産業用ロボットや自動車部品の設計をする企業への転職を希望していました。

しかし、選考を進める中で、面談条件となるパワーエレクトロニクス関係の回路構築の課題設計にはまったく歯が立たないことに気づかされます。結局のところ、前職と同じ分野で待遇改善のみを目標に転職活動を続けることとなりました。

「そのエンジニアのスキルが低かっただけでは?」

と思う人もいるかもしれません。しかし、実際に電子回路設計の世界では、その分野では非常に高いスキルや長年の経験を持っていたとしても、他の分野ではまったくといっていいほど通用しないということが頻繁にあります。

それほどまでに、分野や目的ごとに必要とされる技術体系が大きく異なるのが電子回路の世界なのです。

「アナログ回路」と「デジタル回路」

要求される分野ではなく、電子回路の性質で分類すると、大きく「アナログ回路」「デジタル回路」に分類することができます。

「アナログ回路」とは基本的な電子回路であり、抵抗やコンデンサといった、いわゆる「受動素子」と呼ばれる電子部品を組み合わせて構築する回路です。

アナログ回路では、その名前の通り「アナログ波=時間の変化に対して連続的に変化する電気信号」を取り扱い、

「信号の波形から動作の傾向を読みとることができる」

「高周波信号に対応できる」

「回路のシミュレーションがしやすい」

といったメリットがあります。ただし、デメリットもあり、

「個々の部品の小型化が難しい」

「外部ノイズの影響を受けやすい」

「素子の性能においてばらつきの影響を受けやすい」

といった点が問題視されています。

電子機器の多くは、アナログ回路の問題点をデジタル回路の高性能化によって抑えこんでいます。

しかし、昨今の製品開発においては、電源や高速通信関係のアナログ信号処理技術を持つエンジニアの不足の深刻化により、今から改めてアナログ回路技術を学んだとしても、十分に間に合うほどの需要があることも事実です。

「デジタル回路」はアナログ信号とは異なり、ある電圧の「高い方と低い方」を真理値の1と0で表すことで論理回路を動作させる回路です。

デジタル信号により機能を実現する様々な半導体ICが開発され、信号処理を行う回路の簡略化が実現されたことで、非常に少ない面積であっても求める回路の構築が可能になりました。電気信号を0と1の論理信号として扱い、時間に伴う量の変化で処理しないためノイズの影響を受けづらいこともメリットとなり、今ではほとんどの電子機器の制御部分はデジタル回路によって構築されています。

さらに、前述のとおり、電源制御回路や電波の信号処理部分などはデジタル化が難しいため、実際の製品の多くが「デジタル-アナログ混合(A-D、D-A)回路」を伴った設計になっています。

回路設計業務は企業規模で受注するのが一般的

これらの求められる技術の多様性や開発される回路情報の機密性などにより、回路設計の外注請負においては、回路設計から基板試作まで一括して請け負う法人企業が需要の大半を担っています。

もちろん個人事業主やSOHOにおいても、こうした回路設計の請負を行っているエンジニアもわずかながら存在しています。しかし、そのほとんどは各々の得意分野を明確にしたうえで、作業範囲を限定することで対応しています。

一時期はあちこちのFab施設に電子回路用の評価機器が常設され、それを活用しながら業務にあたるエンジニアも見かけました。しかし、工場や研究開発用の機器の維持は容易ではなく、次々とFab施設が閉鎖や縮小を余儀なくされていきました。その結果、拠点として利用できる環境は全国を探しても数えるほどしか残っていないのが現状です。

それでも最近のファブレス企業の台頭により、「企画書から回路図を作る」段階からの相談や仕事は徐々に増えてきているように感じています。

クラウド案件紹介は便利ではあるが・・・

クラウドの案件紹介サービスの普及に伴い、案件の収集もずいぶん楽になりました。しかし、同時に要求単価の過剰なデフレが進んだことにより、クラウドのサービス経由でハードウェアのエンジニアとして正当な報酬をいきなり獲得することは難しくなっています。

正直なところ、お互いに様子を見る雰囲気があり、試用案件のつもりで実施したうえで本番は直接契約というパターンになることが多いように思います。

筆者もパワーエレクトロニクス寄りのアナログ技術者ではありますが、普段は回路設計の案件については、簡単なデジタル回路やマイコン周辺機器の設計程度にとどめています。

範囲を限定している大きな理由としては、分野による難易度の変化以上に、業務終了までの長い期間の拘束を避けたい気持ちがあります。回路設計を請け負うと、原則として基板完成までが作業範囲に含まれることになります。そのため、大規模なアナログ回路や高度なデジタル回路の回路設計を業務終了まで担当すると、非常に長い期間の拘束が発生してしまうのです。

その反対に、個人事業主であっても十分な技術力さえ持っていれば、大規模な回路設計の案件の場合には数か月、あるいは数年という規模で請負業務として受注できる可能性もあります。

過去には、筆者も長期間の契約に至ったケースを経験しています。名だたる企業から業務委託として回路設計を請け負った当時、当初は数か月の工数見積で設計からその評価試験までとしていました。しかし、結果として量産フォローアップと次世代改良版の企画に至るまで、最終的には3年を越える長期間の契約に至ったのです。

回路設計請負は、アピールの仕方を工夫しよう

ウェブ検索で案件募集ページを見ていると、

「回路設計を数万円から対応します(ただし費用は内容により大幅に変わります)」

といった内容の案件募集に出会うことがあります。

しかし、回路設計を請負業務にするのであれば、

「提示するのは1ヶ月単位(=1人月)の見積価格と対応分野」

「1人月の作業で出来る回路の例(引用禁止、オリジナル作図)」

などを提示した方が、効果的なアピールにつながると考えます。依頼者側にとっても、対応可能な範囲と規模が把握しやすくなります。

大変さはあるが、回路設計技術者は将来性も楽しさもある

回路設計を仕事にするうえでの注意点について、ここまでさんざん後ろ向きなことを書いてきましたが(笑)、電子回路の世界は広いです。得意分野をしっかり持つことができれば、フリーEDAを中心にしたコンピュータ上の開発環境に限っても、かなりのところまで仕事として身を立てることも夢ではありません。

また、繰り返しになりますが、現在筆者も簡単なデジタル回路やマイコン周辺機器の設計について、回路作図から基板設計、少数の試作まで設計請負を業務としております。

企業様からご相談などがございましたら、ブログの問い合わせフォーム経由で対応いたします。

合わせて、これから副業や創業を目指す回路設計者の皆様においても、今後も参考になる情報を発信していきたいと考えていますので、よろしくお願いいたします。

ABOUT KiCAD MASTER

KiCADの達人
KiCAD歴15年程度。雑誌記事や教育用テキストの執筆経験等複数あり。私大電気電子工学科での指導とフリーランスエンジニアを兼業しながらFab施設の機器インストラクターや企業セミナー講師を歴任し、KiCADの普及と現代の働き方に対応した技術者育成に務める。