今回の記事は、いつもと少し異なる切り口からお話したいと思います。
「プリント基板設計」を仕事に
フリーウェアのEDAが登場してから現在までの間、回路開発や基板設計の仕事を「副業・独立」の形態で請ける人が増えてきました。
筆者も会社員エンジニアから独立して以来、おかげさまで比較的簡易な電子機器用途の設計開発の仕事をさまざまなクライアント様からいただいています。
そこで今回は、筆者が実際に行っている方法を例に、プリント基板設計案件の見積りの仕方について紹介します。設計先を探している企業様や、これから副業を始めようというエンジニアの方の参考になれば嬉しく思います。
また、「基板設計は法人に依頼したい」という場合は、P板.comの基板設計サービスもご検討ください。
「回路設計」と「基板設計」は切り離そう
まずはじめに、プリント基板設計を見積りするときには、「回路図」「部品表」はできあがっている状態を前提とするのが好ましいです。具体的には、KiCadの回路図エディターからプリント基板エディターに手順が移行する段階を一区切りとして考えるといいでしょう。
プリント基板の設計費用を見積りする方法については、サービスを提供している企業様や、フリーランス技術者ごとにそれぞれ異なる方法を持っています。それぞれを一例としてご覧ください。
なお、具体的な単価や数字については、本文中では伏せさせていただくことをご了承下さい。
そのうえで、プリント基板設計の案件を見積りするときは、以下の3段階の費用を計算して合計しています。
「試作費用の取り扱い」に注意し、生産などは基本的に別案件にしよう
見積りの3ステップに加え、試作や製造手配まで要請されることが多いです。しかし、それらについては別記事でもご紹介している、製造業者様の見積りりシステムなどを併用して別途見積りを作成したうえで、設計費の見積りとは独立した見積りあるいは項目として切りわけるようにしています。
試作、製造費を別見積りにしている最大の理由には、基板製造の分野にも半導体不足や物流の混乱が大きく影響する状況が続いている背景があります。試作費用の高騰、納期の不安定さ、部品調達困難による量産不可といった問題がいつ発生するかわからないというリスクが存在していることに起因しているのです。
参考:日経ビジネス「サプライヤーが顧客を選別する時代が来た」(全文は有料記事)
しかし、残念ながらこれまでにもこのような製造リスクをフリーランスや副業エンジニアに負わせようとする多くの企業に遭遇してきました。最近は製造業に新規に参入するファブレスベンチャー企業などの市場把握不足なども加わったことで、この傾向がさらに強まってきた実感があります。中小企業や個人事業主などの請負側は十分に注意してください。
そのため、著者の現状としては、事前にリスクを了解していただける企業様でない場合、データ納品の段階で一度引き渡しとさせていただき、納品先で実施する試作完了まではアフターケアの範囲でお手伝いする立場でフォローするようにしています。
具体的な見積りの手順
具体的な見積りの手順としては、まずはプリント基板設計のために先方から「回路図」と「部品表」を提供してもらいます。
回路図からは使用する部品の種類とおおまかな数量、部品表からはフットプリントに必要なパッケージのタイプと「ピン数」を確認することができます。
部品表で部品の型番の確認ができれば、パッケージのタイプを接続する端子=ピンの数を調べることができます。
合わせて、基板外形を設計するために必要な情報も入手します。この時点でクライアントが想像する筐体サイズと、実際に電子基板を設計するために必要な面積を確保できないアンマッチが頻繁に起こります。
部品表を入手したら、まずは「部品サイズの把握」を行います。ここでの部品サイズとはフットプリント自体ではなく、おおまかにでも部品の実装に要する面積を調べて集計しておきます。
クライアントの要求サイズの面積と比較して、部品の実装面積を合計した面積が50%を超える場合は「両面実装が必須」と判断し、基本設計の費用に割増を載せるようにしています。
実際には部品面積が50%に満たない場合でも、回路構成の都合上両面実装をしたほうがいい場合もありますが、この場合筆者は「必須」とは考えず割増の対象にはしていません。
反対に、クライアント側から既にレイアウトが指示されていて、両面実装が最初から必要になっている場合には、「必須」として割増の係数をかけています。
見落としがちな「層数」による設計難易度の変化
面積の次は基板の層数を決めます。現在は製造業界でも両面の2層基板が標準として扱われているため、ここでは2~4層基板は標準仕様としてとり扱うようにしています。
BGAや特殊部品で配線を引き回すためには6層以上、場合によってはさらに多層基板を設計する必要が生じるケースがあります。この場合には次に説明する「配線費」に対し、多層基板対応として「層数による割増」を加算しています。
見積り作成時の中心になる「配線費」は、部品のピン数で決めています。ピンあたりいくらの単価を決め、回路上の部品ピン総数で計算します。
ピン単価をいくらで決めるか?は重要なポイントとなるため慎重に決めましょう。
基板層数による割増について、著者の場合は何10%も乗せるのではなく数%~10%程度の範囲で決めています。
はじめて副業で基板設計をする場合は、実際に請負する前に任意の回路、基板を想定した見積りを作成したうえで、基板設計サービスを実施している企業様の見積り例と比較しながら自分自身の適正見積りを決定しておくことをオススメします。
「納品物の構成」は事前にクライアントと確認しよう
最終的には、基板製造用のデータが納品物となります。海外製造業者と国内の製造業者では納品ファイルに違いがある場合や、製造を予定している業者の指定書式での作成を求められる場合があるため、必ず事前にクライアントと納品物の構成を確認しておきましょう。
以下の構成ファイルが揃っていれば、基板設計としては問題ないはずです。
部品表については、支給されたものから変更する必要があった場合には部品表も用意します。合わせて参考資料として用意が可能であれば、メカ設計者向けのDXF、STEPファイルなどを提供してもいいでしょう。
クライアントによっては、「筐体側の加工図」「内外のケーブルアセンブリ」も要請される場合があります。
基板設計以外の項目については、基本的には必要な情報を提供したうえで作業としては区切りをつけることを推奨します。ただし、機械CADなども使える場合には決して難しい作業ではありません。項目としてメカ作図費用を見積り項目に追加するほか、次の案件獲得に向けた交渉材料にすることもあります。
結局のところ、「仕事」として請ける以上は、範囲内外の切りわけはしっかりつける必要があります。そのうえで、「範囲外だけど対応する」か否かはそれぞれの判断となります。
ここまでの流れを踏まえることで、プリント基板設計の見積り計算ができます。
仕事として基板設計業で「独立」するのはかなり大変
エンジニアとして独立・副業の形態で基板設計を始めようとするときに重要な点として、必ず部品点数や面積といった確実な根拠の積み上げをもとに計算しなければいけないということが挙げられます。
「このくらいの回路であれば、おおよそいくらくらい」
と数字がイメージできるようになるまでには、相当な数の請負件数の蓄積が不可欠です。
「ざっくりいくらで、とか言えないのか」とプレッシャーをかけてくるクライアントにも数多く出会いましたが、「部品表を確認して見積りします」と淡々と答えたうえでその場は引き上げましょう。
ただし、資料を受けとったら、可能な限り早く見積り回答を出すようにしましょう。
筆者も基板設計開発においては、20年近くにわたり大小数えきれない数を設計してきました。設計の実績もそれなりに積み上げてきたと自負していますが、同時にたくさんの失敗経験も積み重ねてきました。それらの成功も失敗も含めた経験がもとになり、現在では絶対に見積りの即答はしないようになりました。
その代わりに、表計算ソフトで自分専用の見積り計算ファイルを作成することで、素早く費用計算ができるようにしています。
電子基板の設計者として副業・独立するのは実はかなり大変です。
著者は現在もハードウェア系のフリーランスエンジニアとして続けていますが、それでもこれからの若い技術者の皆様においては、独立開業よりもむしろ技術を身に着けたうえでスキルアップや転職を目指したほうが良い選択だとさえ考えています。
そのため、機器開発や回路設計の案件を請負業務として対応するのと同時に、企業様や自治体など要望があれば、KiCadを中心とした基板設計の講習会なども実施しています。
お問い合わせやご相談などがございましたら、どうぞお気軽にブログの問い合わせフォームからご連絡ください。